Fumiko’s Second Life

2008年に脱サラした主婦が開業して店を始めるまで〜始めてからの約2年間の記録

恩師のピアノ発表会

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[子供たちのプライバシーを考慮して、ワザとピンボケになってます・・・光量が元々足りてなかったのもあるのですが;]


もう何年ぶりだろう・・・。
久しぶりにエレクトーンの先生に会ってきました。

エレクトーンは小学校4年生から高校2年生までやっていたのですが、その先生には最初の5~6年教わっていて、
先生が何かの事情でその教室を辞められて、別の先生に代わってしまったので、その後1年ぐらいで受験を口実にして(本当は
推薦入学だったから受験勉強なんてしてなかったのですが)エレクトーンを辞めてしまったぐらい、その先生が好きでした。

先生とはその後、年賀状のやりとりが続いていて、学校の先生にはいつの間にか出さなくなってしまっているのに、
私が出せなくても「どうしてる?」とお手紙をくださり、なんとか音信が途絶えずに今日に至っています。

例えば、私が就職してから3年ぐらい経って五月病になった時に、
「オーバー・サーティーズっていうバンドやってて、忘年会ライブをやるんだけど、一緒にやる?」
と言って、アンダー・サーティーだった私を特別にバンドに入れてくださったり、
私が妊娠したと年賀状に書いたら、
「私がウチの娘を2人とも産んだところで、いい産院があるんだけど、病院もう決まった? 病院食が美味しいのヨ」
と、ラマーズ法を日本でいち早く導入した歴史ある産院を紹介してくれたり、
節目節目で本当にお世話になっているのですが、
今回は今年の年賀状に私が会社を辞めることを書いたら、
「急ではありますが、ピアノの発表会をするのでプログラムを送りました。
音楽に興味を持っていると年賀状に書いてあったので・・・。」
と、先生が今教えている生徒さんの発表会の案内を送ってくれたのでした。

エレクトーンをやる生徒さんが減り、ずいぶん前から先生はピアノの先生に転向されていたのですが、
ピアノ教室だと小さな生徒さんが多いので、
「と言っても あまり上級者はいないので
立派なコンサートとは言えないんだけれどね・・・。」
と但し書きがしてありましたが、プログラムに先生の娘さんたちの名前や講師演奏があるのを見つけ、
それらを楽しみに出かけることにしたのでした。

「照姫まつり」(1つ前の日記参照)のせいで会場に到着したときにはプログラムが半分終わっていましたが、
先生の娘さんたちの演奏には間に合い、可愛く着飾った子供たちの初々しい演奏や、
大きくなった先生の娘さんたちの演奏と、先生の演奏を聞かせていただきました。

先生が言っていたように、本当に小さな小さなコンサートでしたが、
久しぶりに楽器に触ってみようかな、という気持ちがむくむくと湧き上がってくるのを感じたり、
子育てをしながら先生をずっと続けて来た先生たち(そこには先生の「先生仲間」もいらして、みなさん子育て
を経験されながら先生を続けてこられた方々なのです)と発表会の後でお茶をご一緒させていただいて、
私もがんばろう、と元気をいただいて帰ってきました。

先生のお教室は同じ区内にあるので、今度はピアノを習ってみようかな、と考え始めています。

(私の恩師は中央右の方です。雰囲気だけしか伝わらないと思いますが)